悠々自適にメモ帳開いて。


どうも、金音ニトロです。日常だったり、
非日常だったり取るに足らない事を、
気が向いたらそこはかとなく更新します。
珈琲でも一気飲みしながらまったりとご覧ください

2020年10月

聖地巡礼をしに出雲へに行ってきた。その10(粟津稲生神社)

どうも、金音ニトロです。

最後に面白い場所を見つけたので、その場所に寄ります。

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屋根に千木をあしらったゲ駅から、一畑をスイッチバックし、川跡駅で再度大社線にお世話になり、ひとつ先の高浜駅で下車。高浜駅到着時刻は17時31分、高浜駅のタイムリミットが18時06分。これを逃すと出雲から帰れなくなる、というより帰りの宿が消えるので、割と急ぎ目に撮影してます。

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と言う事で、目的の粟津稲生神社に到着。20基の赤い鳥居が映える、小ぢんまりとした神社です。
主神は宇迦之御魂神、伏見稲荷大社のところのお稲荷さんのようです。

この何が面白いかと言いますと。
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踏切があります。踏切は遮断機も警報機もない、俗に第四種踏切(自分の目と耳で電車を確認しなければならない)と呼ばれるものですが、要するに神社の参道を線路が横切っている、というかオブジェクトを配置する際に座標を間違えてしまった、ドジをしてる不思議な神社なわけです。ものすごくインパクトがあります。

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反対側から撮影。白い鳥居だけ線路の奥に存在し、残り20の赤い鳥居は線路の手前に存在しています。通過する様子を撮影するのは、時間の都合上叶いませんでしたが、それにしても途轍もないインパクトだ。

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別角度から。うん、確かにおかしい。完全にどちらかの座標を間違えましたね。設置するときに確認しなかったのでしょうか。神社が先に生成され、参道を線路が通ったのか、先に線路が敷設され、線路の向こう側に参道を付け足したのか。謎だ。

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18時6分、定刻通り電車が到着。出雲市駅に戻ります。なお、この日は関東に台風が接近中とのことで、(結局何事もなかったのですが)かなりひやひやしていました。

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何度目かわからない、川跡駅乗り換え。乗り換えをスムーズに行うべく、全方面の列車が一堂に会するわけですので、ものすごくにぎわいます。平日の午後6時の川跡駅、観光客の帰宅時間帯と通勤ラッシュがかさなり、なんとなくエモ目な雰囲気が出ていました。


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で、あっという間の出雲市駅。ここで宿を待ちます。長いようで、やはり1泊2日は短い。しかしその分結構濃密でした。なお、夕飯は適当にコンビニで購入しました。蕎麦も食って、ラーメンも食ったので満足、ラーメンとのどぐろとしじみと、ご当地グルメは一先ず抑えられたので、ノルマは達成してます。

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そして本日の宿が到着。サンライズ出雲・東京行き。フルフラットの座席に布団がついて、寝て起きたら横浜についているという、神みたいな宿です。

どうやらこの日は備中高梁駅で「ウエストエクスプレス銀河」を追い越していたようです。鈍足夜行列車のこいつの存在自体は知っていましたが、運行日や接続駅を確認せず、何も気づかなかったので残念。

飯食って、姫路まで携帯でゲームをして、寝て起きたら辻堂駅。無事台風の影響を受けずに帰ってこれました。






さて、古事記を読んだうえで出雲を巡り、聖地巡礼はおおよそできました。これでおそらくは大国主の加護を得られたはずなので、次は自らの葦原中国を造り上げないと・・・。

自らの葦原中国を平定しないと・・・。うううう。
しっかりとオノゴロ島を・・・。
未だタカミムスビの段階とかやめてくれよ・・・?






では。

聖地巡礼をしに出雲へに行ってきた。その9(松江フォーゲルパーク)

どうも、金音ニトロです。

14時15分の80条バスにギリギリで間に合い、14時31分の松江しんじ湖温泉行きの電車に乗り込みます。どうせなら一畑電車を(無意味に)完乗しておきたいですしね。と言う事で完乗します。

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自称一番宍道湖に近い駅とされる、秋鹿町駅から眺めた宍道湖。宍道湖はかなり見ていますが、確かに近い。山陰線から眺めた宍道湖より、そこに在る感がすごいです。あるいは見慣れたからでしょうか。何ならこの駅で降りれば、30分くらい宍道湖を散策できましたが、何故か完乗してしまった。

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14時57分、松江しんじ湖温泉駅到着。15時の折り返し電車に乗車します。
宍道湖温泉駅の駅員さんに一日券を見せて、改札を通らずそのままとんぼ返りという、なかなかアクロバティックなムーブをしておりますが、どちらかと言えば、予定を無理やりにねじ込んだらねじ込めてしまった、という方が正しいです。さすが17万都市出雲、一日や一泊二日じゃあ全部見切れないです。やれパソコンが無いだとか、やれどちらが東にあるか分からないのがネタにされるだあ言われてますが、全くそんなことはなかった。 
西←石見 出雲 伯耆 因幡→東

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一日券を買ってあるとはいえ、マジで何してるんだろう。まあ楽しいからいいんですが。

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と言う事で、松江フォールパーク駅に到着。
同でもいいことをいうと、この駅は、全国に4つしかない「ゲ」を持つ駅のうちの一つとして知られています。残りの3つは、「リゾートゲートウェイ・ステーション駅」「高輪ゲートウェイ駅」「上ゲ駅」。(尤も名鉄河和線の上ゲ駅の奇妙さを引き出すために使われるネタでしかないですが。)
メインはそちらではなく、駅直結の(なんなら唯一の出入り口が松江フォーゲルパーク駅の駐車場に繋がっている)フォーゲルパーク。出雲に詳しい某氏が太鼓判を押す、野鳥園です。

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長い動く歩道の先に鴇園がありまして。
あれ、朱鷺って、絶滅していなかったっけ?佐渡島の朱鷺が捕獲され、それが2000年ごろに全滅したことで地球から姿を消したはずでは・・・?もしいたとしても、佐渡の飼育場にしかいなくて、5羽程度では・・・?

と思ってウィキペディアを確認した所、


1998年、中国の国家主席であった江沢民が中国産トキのつがいを日本に贈呈することを表明し、翌1999年1月30日にオス個体「ヨウヨウ(友友)」メス個体「ヤンヤン(洋洋)」が日本に寄贈された。2羽は新潟県新穂村(現・佐渡市)の佐渡トキ保護センターで飼育されることとなり、人工繁殖が順調に進められた。
(中略)
2002年からは「ヨウヨウ」と「ヤンヤン」、「ユウユウ」と「メイメイ」のつがいを中心に人工繁殖が続けられ、この年から2003年にはさらにその子孫のペアで人工繁殖が行われていたほか、2004年には自然育雛にも成功している。以後、つがいが増えたこともあり、順調に人工飼育数は増加している。
(中略)
2019年時点では野生下の個体数は430羽と推定されている。



・・・・・マジか。めっちゃ増えとるやん。

Q:ではなぜ、出雲に居るのか。
A:「飼育数の増加に伴い鳥インフルエンザなどの感染症が発生した場合に一度にすべてが死亡することを避けるため、環境省によりトキの分散飼育が計画され、」「2011年1月に出雲市トキ分散飼育センターで」「分散飼育が開始された。」

とまで書いたところ、ペリカン目トキ科トキ属は確かにこのような状態であるものの、放鳥されてる鳥はペリカン目トキ科シロトキ属に属するショウジョウトキ。レッドデータによると絶滅の心配は全くない、とのこと。なんだよ。


ちなみに朱鷺と同じく絶滅の危機に瀕していた、脊索動物門爬虫綱鳥亜綱オウム目インコ科の「カカポ」はさすがに居ませんでした。

トキにエサをあげられるんですが、非常に「わかってる」トキが多かったです。エサのコップを見せるだけでかなり全速力で近づいてくるので怖い。何ならエサをあげ終わって空っぽの状態になってなおついてくる。野生本能うしなっとるやん。天然記念物の亜種がこんな「学習」されてしまって大丈夫か?
しかし、あまり短期記憶に優れていないようで、ある程度逃げて、コップを見せずに近づいても何の反応もなし。そこだけは助かりました。

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カメラのフォルダにやけに大量に保存されていた、オオハシ。別名巨嘴鳥といい、南天のマイナーな星座、きょしちょう座のモチーフとなった鳥です。最も明るい3等星をくちばしの先端に見立て、5角形がオオハシのくちばしに似ているようです。
きょしちょう座自体は日本ではマイナーな星座ですが、きょしちょう座47という全天で2番目に明るい球状星団が存在したり、小マゼラン銀河が存在したりする、実はそこそこ色々なものを持ってる星座です。ラテン語ではTucana。

他にはハシビロコウやサイチョウ、ヨウム(デカいオウム)、インコあたりもいました。きょしちょうばかり撮らずに写真撮っとけよ。

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別のエリアには、これまた「わかってる」鯉たち。むしろ「わかってる」の代表例みたいな存在ですね。エサ売り場の近くにほとんど群がってる。反対に、池の逆側はもぬけの殻、池の中はだれもいない。鯉のエサを喰わない鳥が数羽いた程度です。

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そしてこちらは展示室の端にひっそりと存在するペンギン。熱帯の鳥と同じ環境に居て、暑くはないのだろうか。

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外に出ると、「わかってる」その2的存在のカモが居ました。
カモのエサをバケツで与えられるようで、めちゃくちゃ頭がおかしい。(誉め言葉)
自由気ままに泳いでるカモを観察していたところ、別グループがそのバケツ一杯のエサを購入。彼らはバケツの青色を認識できるんでしょうか、エサを撒く前から一斉に、というか、ほぼ全羽集まってきました。ヤバイ。

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分かっていない、或いは賢明な鳥は僅か数匹、他の鳥はみなバケツの元に集まっていきました。バケツが見えないであろう場所からもやってくるあたり、「分かってる」鳥が「何か」を伝えるんでしょうね。(なお、賢明な鳥も最終的に分からせられてしまったようです。)

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フクロウ。寝てます。起こさないように撮影。かわいい。荘厳で神錆びた出雲旅の、貴重な癒され枠。なお、松江フォーゲルパークはその名の通り、松江市に位置しています。

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売店に「ベゴニア味」のソフトクリームがあったので購入。何とも形容しがたい、不思議な味がしました。ちょっと どぎついタイプのハーブティを、そのままアイスクリームにしてしまった、という感じ。なお、英語でエディブルフラワーというらしいです。安直に「食える花」と訳せますね。もっとも、飽く迄「食える」のレベルであり、けっしておいしいと思えるものではなかったが。







では。

聖地巡礼をしに出雲へに行ってきた。その8(一畑薬師)

どうも、金音ニトロです。


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そんなわけで、出雲市生活バスを銘打っている割に市民を乗せずに観光客2人を乗せた80条バスは、一畑薬師に到着。電鉄にもその名を関するように、けっこうでかい禅寺です。

一畑薬師(医王山 一畑寺)は、臨済宗の禅寺で、一畑薬師教の総本山です。平安時代に、漁師が海底から薬師如来を吊り上げ、それを祀ったことで始まりました。現在は眼のお薬師さんとして知られています。

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ここで飯を食います。出雲と言えば、出雲そば、割子蕎麦です。ここでは割子3段を頂きました。わんこそば、戸隠蕎麦と並ぶ日本三大蕎麦の一つに数えられるほど有名な蕎麦であるのに、危うく逃すところでした。一畑薬師の境内に蕎麦屋があって本当に助かった。

何故3段に分けているのかについては、かつて松江ではそばを重箱に入れて、重ねて持ち運んでいたことが由来だそうで、この重箱の事を割子と呼んだことから割り子蕎麦が始まったとされています。その後時代が下って、明治期に衛生上の観点から丸い器に変わり今に至るわけです。

食べ方は、まずは一番上の割子にそばつゆを掛けて1段目を食べる。次に1段目に残ったそばつゆを二段目に移し、二段目を頂く。同様にして三段目を喰う。美味かったので一瞬で消えました。5段にしてもらえばよかった。

・・・割子20段とかやる人はいるのだろうか。そうなったら完全にエッシャーの水車である。

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参道には108の燈籠が立ち並んでいます。煩悩の数と同じです。

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参道を抜けた先には仁王門に向かう階段、の前で結跏趺坐を組んでいる目玉おやじ。これは、当時4歳だった水木しげる少年が一畑薬師を訪れた、というエピソードから飾られているものです。他にもいくつか像が存在していたようです。

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謎のお堂的なサムシング。お菓子とかジュースとかが奉納されていました。

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本堂。同じ木材を使用した宗教施設なのに雰囲気がこうも違うと、なかなか楽しいです。
中では写経体験が出来るようですが、すっかり忘れてしまったうえに、書いたとて何時間掛かるかわからなかったので、さすがにパス。尤も重要なマントラとされる、「羯諦。羯諦。波羅羯諦。波羅僧羯諦。菩提薩婆訶。般若心経。」の部分だけはさすがに覚えていますが、この部分だけ写経をするったって、文字の画数が多くて見た目が集近閉してますので、中学以来筆を触っていない人間ですから30分はくだらないことでしょう。

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一畑薬師名物なのか、8万4000の仏像が安置されていました。三十三間堂のようなあまりにも壮大すぎるこの仏像安置は、1993年に、一畑薬師創設1100年を記念して行われたものらしいです。
この壮大なプロジェクトは未だ未完成ですが、完成した時のことを見越して5番目のお堂まで用意されているようです。大体5万体弱くらいいたような気がします。真鍮製の仏像、1体5万円するらしいので、よほど寄進したい人でない限りやらないですよね・・・。逆に言えばすでに5万体埋まっているんだ。すごいな。

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もう一度本堂に戻り、お砂踏みをやってきました。
108の寺があり、それぞれの前に設けられた座布団を踏み、持鉢(じはつ、僧侶が托鉢を行ったり、お粥を食べたりするのに使う器)の中にお札を入れ、合唱を行っていくことで、その寺を巡ったのと同じような効果を得られるようです。正座ではなく踏み絵スタイルが正式な参拝方法です。

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と言う事で、満願、結願。本当は社務所でスタンプを押してもらうことで結願だったようですが、最後の厚紙だけになった時点で勝手に結願だと思い込んでました。

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謎の階段があったので、降りてみたのですが、なんとこの階段、1300段あるようで、しかも一畑山ドライブウェイが完成するまではこの階段が殆ど唯一の参道だったようで、この階段の下には、戦中に休止された一畑駅があったようです。
しかしこれはあまりにも有難すぎるということで、途中で山門の方に引き返してきました。なんなら普通に蛇とかいたし。階段と同化しないでください。ビビるので。

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さて、一畑薬師には他のお寺と同じように宿坊が存在するのですが、その宿坊というのがこちら。
禅寺に設けられた、軽井沢のようなコテージ。これ、まぎれもない宿坊です。なんなら早朝に起きて、他の修行僧と混じって掃除をしたり、なんてこともないですし、Wi-Fi完全完備だし、ベッドだし、近くの居酒屋の紹介まで行っているし。俗にまみれた宿坊なんてあるんだ、というより、宿坊も多様化しているんですね。

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散策していると、なんか見つけました。寺の中に鳥居が、神社の中にお寺が併設されてるのはよくある話なので、これも大した距離ではないでしょう。何ならすぐそこに

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と思った瞬間これだよ。医王山の奥の院はガチの山登りでした。何なら舗装されていない分高尾山以上の参道です。そして倒木が道を塞いでいます。しかしここまで来た以上引き返せないのと、14時台の便の次は15時台にもバスが来るので、とりあえず登るんですけどね。

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登り始めて10分、看板を発見。案外すぐそこでした。

秋葉山公園(すぐそこ)
大渋山頂上まで20分
     平田市・一畑寺
   島根県立青少年の家

とりあえず、合併前の「平田市」表記が見られたことと、いつか行きたいと思っていた、ヲタクの聖地「秋葉原」の聖地である、秋葉山大権現の参拝を兼ねられることが判明しました。いつか本家秋葉山も行きたいですね。

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その秋葉大権現がこれです。びっくりするほど小さかったですが、確かにこのつくりは神社然とした屋根です。おそらくは流造でしょうか。

ちなみに全速力で下山したところ、何とか14時台の自主運行バスに間に合いました。









では。

聖地巡礼をしに出雲へに行ってきた。その7(一畑口駅)

どうも、金音ニトロです。

出雲大社前駅に戻ってきました。デハニ50を取りこぼしていたので、軽く紹介します。出雲大社駅に戻ってきて良かった。
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デハニ:電車のデ、イロハ(三等車)のハ、荷物車のニ 50ということで、チッキ(新聞や小荷物など)の輸送も兼ねていました。
登場は昭和5年と古く、車内は木造で、溶接技術が乏しかったことからリベットを多用したり、今では見られない車両となっています。さすがにあまりにも古すぎるので、静態保存にとどまっています。

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車内は怒涛のオールロングシート。サロンカーとか二等車では向かい合って話せるようにロングになっているのもあったらしいですが、これはさすがに輸送力重視のロングでしょうね。のわりに、つり革なんてものは無いんだ。撤去してしまったのでしょうか?もしくは初めからなかったか






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3回目の川跡駅を通過し、一畑口駅に到着。一畑薬師の最寄り駅ですが、一畑薬師からは3キロ程離れています。

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じつはこの一畑口駅、先に出雲市~平田~一畑が完成し、のちに一畑~松江と川跡~出雲大社が完成した影響で、一畑口駅はスイッチバック駅となっています。左が松江方面、右が出雲方面です。交換可能駅ですが、列車の交換待ちは行いませんでした。


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中途半端なところで線路が途切れていますが、これは戦前はしっかりと一畑薬師の目の前まで線路が通っていたためです。一畑口~一畑の間が1944年に休止、1960年に廃止されたため、このような形になっています。

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一畑口の駅舎は実に味のあるつくりで、しかも石州瓦が使われています。

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一畑駅までの鉄道亡き今、一畑口駅から一畑薬師へはバスで向かうのですが、そのバスは人口の少ない集落を通り、しかも本数は平日は1日7本、休日はわずかに1日3本です。この短距離バスに宛がわれるバスとはいったい?

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12時8分発のバスが到着。ふそう・キャンターバンの、俗に言う80条バスだとか、自主運行バスだとか、有償運送車両だとか言うやつです。

本来事業自動車につけられるナンバープレートは緑のはずですが、このバスは白色。一見違法に見えるバスですが、道路運送法「80条」を適用することで、公共の福祉を満たすために特別に有償での運送が許可されるわけです。

バスとは本来「旅客営業を行う車」なので、「緑色のナンバープレート」が取り付けられるべきで、その運転手はバスを運行するために第二種運転免許が必要です。
しかし一畑薬師に行くこれは、「バス事業者」ではなく、「出雲市が自主的にやってる」だけなので、厳密に言えばバスではないです。「バス」ではないので、運転手は二種免許は必要ありません。どちらかと言えばデイサービスやらスーパー銭湯やらの送迎サービスなんかと同じタイプのやつです。ちなみに乗客が支払う「運賃」は、おそらく「出雲市の税収」として扱われるのだとおもいます。

バスではないので、時刻表の設定義務はないですが、生活の足たらしめるために、時刻表を「自主的に」つけています。この「バス」の「運賃」は1乗車あたり200円でした。80条バスに乗るのは井川以来で、まさかまた乗れるとは思わなかった。

ところでウィキペディアの80条バス、21条バス(自治体やバス会社などがどこかに委託してる形式のバス)の代表例が水窪を結ぶ北遠本線で、80条バス(廃止代替バス・自治体の自主運行バス)の代表例が井川地区自主運行バスと、どちらも静岡県の山奥を走るロングラン路線なの面白すぎるでしょ。それともウィキペディアの編集者はあえてそろえたのでしょうか。

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車内は完全にマイクロバス仕様で、乗客は合計2人。その2人とも一畑薬師へ観光する人間でした。うーん、この。出雲市生活バスが完全に観光客輸送車と化してしまっている。井川の時もそうだったけれど、こんな調子で日本の末端の公共交通は大丈夫なのだろうか?






では。

聖地巡礼をしに出雲へに行ってきた。その6(旧大社駅)

どうも、金音ニトロです。

おはようございます、二日目もがっつり移動します。
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何度目の川跡駅か。と言う事で、電鉄出雲市駅で1日券を購入したので、無限に色々なところを巡ります。ばたでんに無限にお世話になります。
それでも出雲という国は無数に観光名所があるわけで、例えば八雲立つ出雲の国は櫛稲田姫とともに過ごす家を構えた須賀神社や、出雲の開拓をあらかた終えたスサノオが最後に、土地に自らの名前を付けたわけでして、その土地に佇む須佐神社であったり、更には奥出雲と呼ばれる、出雲坂根の三段スイッチバックだったり、奥出雲オロチループだったり。

とはいえサンライズの出発が18時51分なので目いっぱい観光しつくせるので、感謝しています。なお最終やくも+新幹線だともっと早く、17時18分が最終です。しかも地獄の混雑とも称されるのぞみ64号に詰め込まれることになります。

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出雲大社前駅で下車、少し歩くと国鉄旧大社駅が存在します。

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電鉄のモダンな感じとは打って変わってめちゃくちゃ荘厳な作りをしています。内装は、三等待合室と、二等待合室の二種類の待合室が用意されていました。

国鉄大社線は、明治12年に開業し、平成2年に廃線となった、出雲市駅と大社駅を結んでいた路線です。目的からして出雲大社に参拝するために敷設された路線であることは明白です。伊勢でいう参宮線みたいなものです。現在は廃線になってしまっていますが、廃線当時でも輸送人数は2000人前後と比較的優秀で、東京からの急行列車が乗り入れていたり、その他名古屋、大阪、京都からの急行も直通するほどにぎわっていた路線だったようです。

ちなみに一畑電鉄大社線は、出雲大社にも一畑薬師にも直通する列車、だと言い張ることで何とか競合路線でありながら開業を許された路線です。のわりに、先にJRの方が逝ってしまうんですよね。そりゃあねえ、2000人もいる割に普通電車ばっかり1日15本(1988年当時)しか走らせないからこうなるんだ。経営不振から大幅な減便を喰らったはずの電鉄大社線の、現在の出雲大社前駅でさえ22本停車するというのに。(別に重要なのは本数だけではないが。)

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いつの時代のものだろう。宮津線は大社線と同時期に北近畿タンゴ鉄道に移管されたので、これはヒントにならない。料金がべら棒に安いわけでもないので、高度成長後でしょう。(1964年10月、新幹線開業当時の東京~新大阪の運賃1180円+こだま2等が1300円=2480円なので)

と思ったら、閑散期が1月16日に繰り下がり、金曜日が除外されたのが1985年4月20日とネットに転がっていたので、この料金表は本当に最末期の頃のものということが判明。そりゃあそうか、わざわざ古いものをこさえる必要もなく、廃止した瞬間のものを付けてりゃいいもんな。

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ホームに入ります。片面ホームが1つ、島式ホームが1つの2面3線の、かなり立派な作りとなっています。1日たったの15本が行ったり来たりするだけの路線としては相当に持て余している設備ですが、往時はフル稼働だったのでしょう。奥の方になんかいますね。

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デゴイチ。デゴイチの中でも、最後まで本州を走り抜けた車両 D51 774です。走行距離は100万キロに達し、いかにデゴイチが使われたかをうかがい知ることが出来ます。
旧大社駅には平成13年、大社町50年を記念して、出雲大社神苑に安置されていたものをここに移設されてやってきました。・・・というか、出雲大社に居たんだ。それもそれですごいな。ただし、大社町は平田市とともに出雲市に編入されて、出雲第二の都市になっています。石見の最大都市は浜田市です。

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ラッチ。今はすっかり自動改札になったり、ワンマン化で車内精算になっていますね。硬券自体は今でも見かけますが、ここに駅員さんが立って改札業務を行っているのを見たことが無い。
中は狭く、マジで切符を切るだけのスペースがあればいい、程度しかありませんでした。

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そして別の場所には木のラッチ。石のラッチに変わったのはいつでしょうか。

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このご時世ゆえに奥に仕舞われて、そのままさび付いてしまった、レンタサイクル。これも廃線当時からずっとそこに在ったかのように一体化してしまっています。寝てるだけで死んではいないはずなのに、すっかり死んだかのようなさび具合をしています。

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でた、タブレット。閉塞を通過するのに、タブレットに通表を差し込んで色々やるようです。ヒューマンエラーが起こらない限り、高い安全性を誇るシステムです。大社線でも使われていたのでしょうか。









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次の電車まで時間があるので、というよりそのあとのバスまで時間があるので、道の駅に寄ります。
道の駅大社ご縁広場。道の駅と言えば、スタンプラリーという鬼畜じみた企画が存在しまして、山陰は中国地方5県すべてを一定の期間内にコンプリートする必要があります。それも結構駅数が多い。要するに、関東民が、1泊2日のついでに攻略するだとか、公共交通縛りだとか、そういったたぐいの縛りプレイでは決してクリアできないわけです。

(旅とは、行きと帰りと宿を設定した後、ボトルネックだけ抑えてあとはケ・セラ・セラと組んでいくものであり、観光地(点)ではなく道中(線)そのものや、線の中に点を如何に見出すかを楽しむものである)


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手前が物産館、奥が蕎麦屋と足湯。物産館で、日本酒、のどぐろ茶漬け、生蕎麦を購入。

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で、足湯です。

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成分表を見る限り、ナトリウム・塩化物泉ですので、おそらくは化石海水でしょうか。
ガス成分を除く溶存物質が温泉1kg当たり1グラム以上含まれていて、陰イオンのうち塩化物イオンを主な主成分とする温泉の事を塩化物温泉と言います。なお、1kgあたり1グラム未満のものを、単純温泉といい、塩化物温泉と単純温泉で日本の温泉の殆どを占めるようです。


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道の駅入り口にこんな看板を発見。そう、これは今は亡き三江線が映っています。アナログな地図はアップデートされない。だからこそみられる死者のメッセージ、三江線の幽霊です。確か平田市もいました。老朽化が進んでいるため、近々新しいものに取り換えられる予定のようで、周辺ガイドマップから三江線や平田市は消えてしまいます。しかしこれも令和、時間の流れは非情なり。








では。
自己紹介

金音ニトロ

旅行と天文好きを自称している、ありふれたホモサピエンスの端くれ。仕事の都合で北関東を行ったり来たり。地理や地図、天文と言語も好き。元ごちうさ難民。現在モチベの消息不明。最近はエスペラント語にハマっている。

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